HILOKOの豆読見絵・本

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HILOKO<舟幡洋子> HILOKO
大阪生まれの大阪育ち。只今東京在住
一児の母
1978年1月19日 生まれ
典型的B型

モットー:
「自分が貰ったらうれしいハガキ」をモットーにメッセージカード作ったり「こども」の為の絵本を作ったりしています。
HILOKOはいつも、誰か一人だけの為に描いています。(勿論、それが、父であったり、友達であったり、時には自分自身だったりとその時々によって違いますが)でも、私の描いた作品がもし、あなたにとってのなんらかのきっかけになったのなら、すごく嬉しく思います。<礼>

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HILOKOの履歴書
★しょうもないので暇な時にでも読んで下さい★

◆1978年 チビっこく誕生(3人兄弟の一番上)
幼稚園の時は行くのが嫌で毎朝泣く、困ったちゃんでした。初めて買ってもらったボールペン(蛍光のピンク色)で家中らくがきした経験あり
子供時代
◆小学校 小学校の自由研究ノートに絵本を書き、先生に「お勉強ノートやから。ね?」と言われる
◆中学校 中学校の時「ひろこ字は下手やけど絵はうまいなー」と言われ、ことあるごとに絵を描く、よくノートの隅に落書きをし、幼馴染みに「らくがきばっかしてないで宿題しろ!」と怒られる(そんな彼女も今や三児の母)文化祭で劇の主役をし、金賞をとる(あの時気付いてたら今頃、女優やったかも?←ないって!)
◆高校 高校の時は、スポ根マンガの様な日々
進学の時、体育大か美大に行くかえんぴつ倒しで決める(単に体育と美術以外の成績が悪かったから)結果、体育大受験失敗、嫌々、保育科の短大に入学
◆短大時代 短大時代はバイトに明けくれる。保育園実習に行き「保育士っていいな〜、子供っていいな〜」と思い、学校の先生に相談する。すると「あなたなんか保育士になれないわ、なれるもんですか!」といわれ絶対なったると心に誓う
◆社会人 保育士時代保育士になり充実した日々を送る。絵好きがばれて、園中の壁やシャッターに描きまくる。近くの小学校の先生が絵の講習してと訪ねてくる(小躍りして喜ぶ)と同時に今の幼児絵画について疑問をいだきはじめ、幼児絵画の勉強をこっそりする。子供達と一緒におもしろいことしようと色んな事をする、その為他の先生達から「変わった先生」と言われる

22歳のある日、「このままでいいやろかー」とふと思う。(当時、職場と家の往復しかしてない日々)で、興味のあることを全部しようと絵を習いに行きだす。 関西三大絵師の一人、林貞三先生(師匠!!)に出会い、イラストの世界にハマっていく。
初のグループ展[7.8.9.展]を梅田、OZCギャラリーでする(今とは全然違う絵の具の作品を描いてました)
↑がきっかけで、沢山の人に助けてもらい、うれしくて、人は一人では生きていけないと痛感し、感謝の気持ちを伝えたくて、イラストに初めて言葉をのせる。
その時出来たのが、「つながり」「言葉になんかならないよ」

ストリート友達が露店(ストリート)を出してると聞き、便乗する 。初めは京橋(大阪)、そしてH.13夏に心斎橋(大阪)に移住。
「アートビートデパートメント」出店がこれまたきっかけで、もっと、もっとイラストと詩の世界にハマっていき、毎週土曜日の露店が生き甲斐になってくる
この頃からポツポツと作品を置いてもられるお店&作品を使ってもらえることが多くなる 絵手紙賞、メッセージカード賞を頂く、表彰状をおばあちゃんにあげたら「いらん」と言われ、すねる

パーフェクトスーツファクトリ?(全国に20店鋪ぐらいある)のバレンタインカードを担当する。「バレンタインまでになくなりましたよ」と言われ店の中で飛び跳ねて喜ぶ。その後イベントメッセージカードを担当させていただきました

保育士とイラストクリエーターの両立が難しくなり、3日3晩考えた末、4年勤めた保育園を退職する決心をする
おしまれつつ(と本人は思い込んでいる)子供達とさよならする。その時に子供達と「先生頑張るから」と約束を交わす(たぶん子供達はすっかり忘れてると思うけど)

晴れて腰掛けアーティスト卒業、イラストクリエーターとしての第一歩を踏み出す。
作品が100種類を超える
◆H14 デザフェス出展春東京ビックサイト、デザインフェスタvo15出展(ゆりかもめは船やと思っていたくらいの田舎者)

大阪心斎橋、雑貨屋「jig」お花畑展、世界にひとつ原画展 参加
大阪梅田、「中崎町アートフェスタ」春、秋、出展
ボランティアで子供絵画教室をする(教えることより教えられることの方が多い、やっぱりこどもは天才だわ〜)

作品以外にもNEWアイテム、缶バッチ、シール、tシャツ、カレンダーetc達がどんどん増えていく(すべて手作りだった為、家にこもる。みごと昼と夜が逆転したこうもり生活突入)

読売TVの深夜の連ドラ「苺リリック」で作品が使われる。エンドロールに名前が出た時はうれしかってねぇ〜

せっかく保育士してたし、幼児画の勉強したんだからと学研、世界文化社などの月刊保育雑誌に売り込みに行き、壁面制作、イラストカットなどの仕事をもぎとる

大阪北堀江「モグリルーム」年賀状展、名刺展、似顔絵展、etc...参加
◆H14.10 大阪、港町リバープレイス『アートビート』出展

リクルート社『けいことまなぶ』で「私らしい働き方」で巻頭カラー2ページでHILOKO特集される(写真、素っピン...後で後悔)
◆H14.秋 東京、デザインフェスタvol.6出店
(大大盛況!!打ち上げの焼肉屋では大騒ぎでひどいありさまでした)
◆H15.1 デザフェス出展約一年半続けていた心斎橋での露店をたくさんの方に見守られながら卒業
HILOKOにとって最良の日となる
◆上京 東京の生活になかなか馴染めず、対人恐怖症になる(嘘。けっこうマイペースに東京ライフを過ごす)
◆H15.春 東京ビックサイト、デザインフェスタvol.7出店
◆H15.夏 東京ビックサイトGEISAI出店
◆H15.夏 横浜、プレミアマーケット出店
◆H15.秋 東京では路上はやらないと思っていたが、イベントに出店する中で、やっぱし、直接、買ってくださる方とお話したいという思いがむくむく膨らみ、溝ノ口で路上をはじめる
◆H15.秋 東京ビックサイト、デザインフェスタvol.8出店
◆H15.秋 大阪でゲリラ路上二日間(一日2時間)で2000枚の葉書を売り切る
◆H16.春 「HILOKOの豆読見絵.本」自費出版
◆H16.春 東京国際アニメフェアー出展(初めてのプロブースでかなりてんぱる。。。)
初めて家族で海外旅行に行く
◆H16.春 大阪心斎橋アセンスにて初個展「HILOKOの豆読見絵、本展〜はじめの第一歩〜」
◆H16.夏 渋谷、旭屋書店にて関東初単独イベント「HILOKOの豆読見絵、本展」
◆H16.夏 ヤマシロヤ上野、おもちゃ屋、ヤマシロヤにて店頭販売
◆H17.冬 大阪、TUTAYA戎橋店「HILOKOの豆読見絵、本展〜つかまり立ち編〜」開催
◆H17.冬 上野、おもちゃ屋、ヤマシロヤにて「ちょっとかっこいい店頭昼路上」
◆H17.春 キディランドキディランド大阪梅田店でイベント開催(計4回)
◆H17 全国路上巡業の旅として、勝手に一人で旅をしながら路上をする
詳しくはここ
◆H17.10 「HILOKOの豆読見絵.本」をディノボックスより発売
◆H17.12 親子で学ぶ防犯絵本「白いおばけのスー」を駒草出版より発売
◆H17 このおばけのスーがセコム株式会社の「ココセコム」のキャンペーンで使用される(テレビCMにもなる←本人が一番びっくり、超人事みたいな感じ)
◆H18.春 所属事務所を脱出。株式会社HILOKO商店を勢いで作ってしまう
◆H18.夏 なんと、結婚&妊娠発覚!(きゃー)
それにともない、東京都に本籍を移す(これが悲しかった。。。)
◆H18 NEW白いおばけのスーをフレーベル館より出版
◆H18 スーのカレンダー、手帳など発売
◆H19.春 男児出産
◆H19 HILOKOポストカードの取扱店が少しずつ増える(これが一番嬉しい)

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